犬たちをおくる日

定価:1300円+消費税(小学校高学年以上から)
著者:今西 乃子
写真:浜田 一男
出版社:金の星社
発行:2009年07月
犬たちをおくる日
−この命、灰になるために生まれてきたんじゃない−
2009年2月19日午後1時20分。
その日、私が殺したのは30頭の成犬、7匹の小犬、11匹のねこであった。
その死に顔は、人間を恨んでいるようには見えなかった。
彼らはきっと、最期のその瞬間まで、飼い主が迎えに来ると信じて待っていたのだろう。
あの日からずっと、ステンレスの箱の中で死んでいった彼らを思わない日はなかった。
“だれかを嫌いになるより、誰かを信じているほうが幸せだよ”
犬たちの声が聞こえる。
この「命」どうして裏切ることができるのだろうか。
私は学校で多くの子ども達に問う。
「みんな、大きくなったら、命を捨てる人間か、命を護れる人間か、
どっちの大人になったほうが自分を好きになれる?」
誰かを抱きしめることは自分を抱きしめること、
誰かを護ることは自分を護ること・・・。
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愛媛県動物愛護センターで、犬たちの殺処分に日々携わる職員さんを主人公に描いたノンフィクションだそうです。
灰になるために生まれてきたんじゃない・・・。
この言葉って戦争のお話で耳にする言葉ですよね?
様々な思いが交錯しますが、最近思うこと。
それは、こういったことを知ったとき、怒りや悲しみにひきずられてはいけないということです。
社会を見回すと、多くの矛盾や悪が方々にはびこっている。
これらを見逃すことは、後向きの生き方である。
ただ、自分を見失ってしまうほどの怒りは絶対にしてはならない、とブッダは厳しく戒めるのである。
苦行について

原始仏教聖典によると、ブッダは、
・心による心のコントロール
・呼吸を止める
・1日、2日、3日、一週間、6か月と絶食の時期を延ばしていく
・減食し、豆粒や米粒を1日に1粒、また1週間に1粒食べたり、塩を完全に断つ
このほかにも、草だけを食べる、牛糞を食べる、自分の小便を飲む、イバラのしとねに寝る、朝から晩まで立ったままで過ごす、灼熱の太陽を凝視する、真冬の川のなかに素足をつける、犬や牛と同じ生活をする、などの苦行にのぞんだそうです。
この時代の修行方法には大きく分けて「瞑想」と「苦行」とがあり、当時の修行者は苦行をなによりも重視していたそうです。
だが、ブッダは瞑想を習得しても心が安らぐことはなかったし、このような苦行をしても心の安らぎにはつながらないことを悟ったそうです。
一方、世の中には、悟りのためにわざわざ苦行の道を選ばなくても、否応もなく苦しまなくてはならない人たちが多くいる。
そう考えると本当、苦行って自己満足ですね。
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確かに人生は「苦」である。ブッダはそう断言している。
生きていくうえには、なんらかの苦しみはつきまとうものだ。
だが、その苦しみには原因がある。
それが何かを探り当てれば、苦しみは安らいでゆくはずだ。
ブッダはその苦悩の原因は、人間の欲望の存在である、と説いたそうです。

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